ふなっしーになりたかった

氷河期サバイバーの雑記

君が代斉唱不起立での再雇用見送り自体はおかしな話では無い、が

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高校で、君が代斉唱の際に起立しなかった職員が再雇用を断られ、それを不服として訴訟を起こしたものの、最高裁で負けたという話だ。

一般企業に勤める立場から見ると、この最高裁の判断自体は「まあ、そうだろうな」といった程度の感想でしかない。ただ、裁判長のコメント「当時は再雇用を希望しても全員は再雇用されなかった。起立しなかったことを重視して不合格にすることが著しく合理性を欠くとは言えない」は、なぜそんなことをわざわざ言ってしまったのか、疑問を感じる内容になっている。

まず、当時の再雇用というのはあくまでも「新たな雇用」であり、「雇用状態にある人の解雇判定」とは異なる。つまり、新しく人を雇う時と同様、審査を経るものであった。

実際に自分が面接を受けた時のことを考えてもらえればわかるが、企業は採用・不採用の理由を明確には明かさない。つまり、実質的に採用・不採用の理由は「なんでもあり」になっている。例えば、年齢制限による採用・不採用の判断は禁止されているが、「成長意欲が見られない」などの理由で不採用にすることは可能だ。

ということで「君が代で起立をしない」も、「協調性が低い」とか、「思い込みが強いところがある」など、言い方を変えれば不採用理由としては全く問題なく利用することが出来る。企業の人事であれば、こういったことは当たり前に把握しているので、不採用理由を伝えるケースがあっても(転職支援サービスの担当者に伝えなければならないことはよくある)、迂闊なことは言わないよう気を付けている。実際、特定の思想が強い人は雇用側にとってリスクになることも少なくないため、こういった伝え方で断ることがある。

しかし、今回の裁判における裁判長のコメントは「起立しなかったことを重視して不合格にすることが著しく合理性を欠くとは言えない」だ。これは完全に思想及び良心の自由に入り込んでしまっている。裁判長自身にそういった思想があるのかもしれないが、普通はこんな危険なことは言わない。

ひょっとしたら、再雇用の判定を行う東京都自体が「再雇用を見送った理由は、あなたが君が代斉唱の際に起立しなかったからです」のような、新卒人事以下の伝え方をしてしまっていたのかもしれない。裁判でそれが明確になってしまっていたため、思想的に何としても原告を敗訴させたい裁判長が苦しい判断を行ってしまったのかもしれない。

個人的には、君が代斉唱不起立での再雇用見送り自体はおかしな話では無いと思う。前述したように、当時は全員再雇用のような制度ではなく、且つ、該当者にリスクとなる資質を持ち合わせている可能性があり、お上に逆らわない事なかれ主義が公務員の性質だからだ。実際扱いにくいのだろう。何とか理由をつけて排除したいのはわからなくもない。

だが、「君が代斉唱中に起立をしなかったから」を明確に理由にしてしまった時点で、この結果は厳しいのではないかと思う。どうしても排除したかったのであれば、もっと上手く、あくまでも総合的な理由での対応とすべきだっただろう。結果的に、思想及び良心の自由を制限するような職務命令に正当性があるという判例になってしまったというのは、軽い話では無い。