ふなっしーになりたかった

氷河期サバイバーの雑記

「誰にも負けないことを一つ作る」は効率が悪い

「誰にも負けないことを一つ作りなさい」

会社や転職市場での自己価値を高めるための考えとして、上司や転職アドバイザーなどから言われたことがある人も多いのではないだろうか。

これは完全に間違っているというわけでもないが、非常に効率が悪い考え方だ。そういったアドバイスをしてくる人は、大抵、自分が誰にも負けない何かを持っていると「思い込んでいる」か、理想をそのまま口に出してしまっているロマンチストだ。多くの人は、実務として使える誰にも負けない能力など持っていない。

ではなぜ「誰にも負けないことを一つ作る」という思想を持つ人が多いのか。話は単純で「出来るのであれば」間違いなく理想形の一つとして、誰もが納得する考えだからだ。

スペシャリストで構成された集団という構図には夢がある。最高のエンジニアが最高のものを作り、最高の営業が高い利益を乗せてそれを売ってくる。そして、それらを率いる最高の経営者。

映画でも漫画でも、創作の世界ではこういったスペシャリスト集団がよく登場する。それぞれの個性がわかりやすく、キャラが立って魅力的になるからだ。しかし、現実の私たちはそんなに個性的でもなければ、魅力的でもない。

更に、私たちには架空の物語に出てくる主役級のような才能もない。努力しても、「誰にも負けない」どころか平均よりちょっとマシになれるかどうかすらわからない。私たちの多くは「村人A」にすらなれず、存在すら認識されないその他大勢として生きている。

そんな私たちが、「誰にも負けないことを一つ作る」のは至難の業だ。

私たちは生きるために働かなければならない。才能の有る無しに関わらず、生きるためには無能の烙印を押されない程度の、最低限の評価を勝ち取り続ける必要がある。そんな私たちが取るべき戦術とは何か。

それは「チョイ足し」だ。手持ちのスキルにチョイ足しして、「そんなに凄いわけじゃないけど、この人便利」と思われるポジションを狙う。

  • 営業:0
  • 開発:60
  • 企画:20
  • 事務:10

のステータスの人がいたとする。本当はもっと細かく細分化されるが、サンプルはこれとする。

彼の専門は開発だ。部署も製品開発部に所属している。開発の際に企画に参加することも有り、企画力は少しだけ持っている。営業力は皆無だ。

専門が開発と言っても、社内には開発力80以上の猛者が沢山いる。彼のステータスは中の下くらいだ。もう少しで落ちこぼれとして認定されるギリギリのところにいる。

彼が開発力を60から70にするためには、かなりの労力を要する。しかし、0の営業力を20にするのはそれ程難しくない。趣味でもなんでも、始めたての頃はドンドン上手くなるが、ある程度以上になると伸び悩むのと同じことだ。

こういったケースでは、営業力を最優先で「ちょっとだけ」強化し、可能であれば企画や事務能力も「ちょっとだけ」強化すると、「評価を受けやすい環境」を作りやすくなる。

「開発が営業力つけてどうするの?」と思うかもしれない。しかし、これが思った以上に役に立つ。営業力を20まで身に着けると「営業のことをわかってくれる開発者」として共感を集めやすくなり、他のハイスペック開発者を差し置いて様々な相談が舞い込んでくるようになる。また、事務能力を鍛えることで、電話など顧客対応の機会が発生した時にも「あいつは他の開発とは違う」と評価されるようになる。

これはわかり易い例だが、会社の業務に関わるスキルであれば、同じように「誰かしら評価してくれる」という状況を作るのに役に立つ。上司は自分だけを見て評価しているわけではなく、周りの人の言動や行動も見ている。それはサブリミナル的に刷り込まれる。

評価というのは、どれだけ厳密にしたつもりでも、かなり曖昧になるものだ。

「あいつよく相談受けてるな」 「エンジニアなのに電話対応しっかり出来てるな」

こう思われると、例えそれが評価指標に入っていなかったとしても、「あれはあれで役に立つ能力」と勝手に加点されて評価されるようになる。

大企業では組織がしっかりしているため、この作戦はあまり生かせないかもしれない。しかし、中小企業では組織なんて曖昧なものだ。どうせ評価基準も曖昧なのだから、それを利用してやれば良い。

誰にも負けないことを作るためには、優れた才能とたゆまぬ努力が必要だ。しかし、才能も無ければ、そんなに努力もしたくないというのが普通の人なのではないか。

そんな普通の人が目指すべきなのは、効率の良い努力だ。

出来るだけ少ない手間で、出来るだけ多くの評価を得ることを考える。自分の業務を限定せず、幅広い人から評価を得るための能力形成を考える。やみくもに努力するのではなく、頭を使って生き残るための策を練り、実行する。

そんな考え方つまらないと思う人もいるかもしれない。しかし、このやり方にはスペシャリストとは異なる可能性がある。

幅広く色々やることで、今まで気づかなかった自分の才能を発見出来るかもしれない。今までやってこなかった分野の経験が、自分の専門分野でも生かせるかもしれない。関わる人が増え、良い師匠に出会えるかもしれない。色々やった結果、ジェネラリストとして大成するかもしれない。

もちろん、専門性を突き詰めたいという人はそうすれば良い。そう思えること自体が才能かもしれない。

だが、それが出来ない、やりたくない人にも、色々道はある。

誰にも負けないことが無くとも、誰もが認める実力者になれる可能性は十分にある。