ふなっしーになりたかった

サラリーマンとしてそこそこ成功することを考えるブログ

手段を問わず努力を重ねても、自由を手に入れられる人は極少数なのではないか

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こちらの記事は

  • 好きなことと稼げることが一致するかどうかはその人次第
  • 好きなこと、嫌いなことは時間と共に変化する可能性がある
  • お金があれば好きなことをやる自由を手に入れることが出来る
  • お金を稼いで(稼ぐ手段を作って)蓄えを作れば、好きな(嫌いな)ことが変化しても、好きなことを選べるようになる

という趣旨で書かれており、結論として「お金を稼ぐ(稼げる)手段を作り、蓄えを作ろう」という提言がされている。

私の生き方・考え方とも合致しておりもちろん賛同するのだが、一つ疑問が沸いた。 これで「心の底から気持ちよく好きなことをやれる」状況に辿り着ける人はどの程度いるのだろうか。

「好きを仕事に」とは、どういったケースを指すのか。極端なケースであればわかる。芸術家や音楽家、スポーツ選手などはこれに当たるだろう。マスコミ対応など好きではないことを行わなければならないこともあるだろうが、多くは本業のために時間を割くことになるだろう。

しかし、会社員という立場になると難しい。メンバーシップ雇用型の日本では、社員の職務は多岐に渡る。ゲームが好きな人がゲーム会社に就職したからといって、それを「好きを仕事に」と言えるかというとそんなことはないだろう。大好きなゲームを制作する会社で、大嫌いな顧客折衝を行う必要が生じることもあるだろう。

2016年度の日本の就業者数は、約6440万人。役員を除くと5372万人。就業者の約83.5%が会社員として働いていることになる。ごく一部にジョブ型雇用の人もいるかもしれないが、多くの人はメンバーシップ型雇用だろう。

つまり、ほとんどの日本人は、提言されるまでもなく「好き嫌いではなく、お金を稼ぐ(稼げる)仕事に従事し、いつか(老後)自由を手に入れるために、蓄えを作ろうと頑張っている」のではないだろうか。

元記事にはこんな一節が登場する。

そういう場合に、好きな事ができるかどうかは、結局、金の問題に帰着する。

私もその通りだと思う。お金があれば稼ぐ必要はない。稼ぐ必要が無いのであれば、好きなことをやれば良いのだ。

問題は、嫌いなことでも受け入れて稼ごうとしているのに、結局稼げない人が多いという点だろう。ほとんどの人は、大した蓄えも作れず、その好きなことを選べる時期が来る前に健康寿命を迎えてしまうのではないだろうか。

元記事では、好きなことと稼げることが一致している人を「一致タイプ」、一致していない人を「不一致タイプ」と呼んでいた。好きなことが無い人のことは「不在タイプ」と呼んでいた。

では稼げることが無い人は?

「好きを仕事に」の欺瞞については、私もその通りだと思う。

しかし、今の日本で「好き嫌い問わず、稼げることでしっかり稼いで自由を手に入れる」ことは本当に可能なのだろうか。

「好きを仕事に」した結果、稼げず辛い思いをするのは不幸かもしれない。「好き」が変わってしまうリスクがあるというのもその通りだろう。しかし、嫌いなことを我慢したが稼げなかった人も、同様に不幸なのではないだろうか。

「好きを仕事に」に極端に傾倒しないと同時に、「自分に適した稼ぎ方」を模索する必要があるだろう。