ふなっしーになりたかった

サラリーマンとしてそこそこ成功することを考えるブログ

ふなっしーになりたかった

中学生の頃、技術工作の授業で「発明品を考えなさい」という課題が提示された。

当時MDプレイヤーに強い興味を持っていた私は、「パソコンのようなHDDに保存できれば、もっと大量のデータを持ち運べるのではないか?」と考え、HDD型音楽プレイヤーの提案を行った。

もちろん、当時の私には作り方はわからない。だが、例としてあげられた「空が飛べる車」に比べれば、比較的現実的な提案のように思えた。自分の提案に自信があったわけではないが、懸念点なども自分なりに調べたり、そこそこ頑張って作り上げた自負はあった。

しかし、提案の結果は散々だった。

「もっと大きな発想をしないと駄目」「興味が持てない」「出来ると思えない」など、辛辣なコメントが並んだ。生徒からの評価であればまだしも、技術工作の教員からこういった評価をされるとは思ってもみなかった。ノートPCも一応は存在しているというのに。

この件以来、大人に自分の発想を伝えるのは辞めた。これからは、自分で作り上げて自分で発信していく。そう決めた。

高校に入り、念願のデスクトップPCを手に入れた。

当時はまだパソコン通信からインターネットに切り替わったばかりの時代。GoogleAmazonのような覇権企業も存在せず、未開の地が広大に広がっていた。何の知識も持っていないにもかかわらず、「ここが自分の戦場なのではないか?」と無意識に感じていた。

何かこの未開の地でビジネスをやってみたい。まずは出来ることから、と古本屋でperlの本を立ち読みして掲示板を作ってみた。Yahoo掲示板など人が集まるところで宣伝し、当時唯一のASPだったサイバークリックの広告を貼って運営を始めた。

レンタル掲示板は儲からなかった。英語を必死に調べながら取得したドメイン代も、レンタルサーバ代も回収できなかった。

その頃、Web市場ではポイントサイトやアフィリエイトサイトが流行りだしていた。当時捻くれた子供だった私は、「そんな社会悪に手を染めなくても、自分ならWebサービスで一発当てられる」と、馬鹿にしていた。当時最新技術だったjavascriptも勉強し、自分の思う面白いサービス、良いサービスを色々作ってみたが、結局何一つ受けなかった。

若い時期にありがちな、「自分は何かを持っている」という勘違いがあったのだろう。儲けるチャンスに接する機会も何度かあったが、「自分はこいつらとは違う」と頑なに拒否を続けていた。

高校生で起業を夢見て、その後も色々やってみた。

友人の父が経営する会社のホームページを作ったり、農家から仕入れた農産物をヤフオクで売ったり、海外のデスクトップ広告を物理的にハックしたり(物理的にマウスを自動操縦など)。

段々と泥臭い素人ビジネスに進んで行ったが、まだ自分の才能を信じていた。

大学に入っても、状況は変わらなかった。

私はとにかくビジネスがやりたかったのだが、友人の興味は皆色恋沙汰だった。大学に入れば仲間が出来るかもと期待していたが、私の話に興味を持つ友人はいなかった。期待していたコンピューター関係の講義も、私の期待するものではなかった。

段々大学に行かなくなり、ビジネスへの興味も急激に失せていった。

私がそこからはまったのは、ネットゲームとテキストサイトだった。生産性も何もないが、テキストサイトにはかつての「自分は何かを持っている」を感じさせてくれる何かがある気がした。だが、私は何も持っていなかった。2年程度でひっそりとサイトを閉鎖した。

私は何も持っていなかったことを全て理解し、卒業後、サラリーマンとしての道を歩むことを決めた。「大多数のうちの一人で良い、自分に出来ることをやっていこう」と、小さなシステム会社に就職した。

サラリーマンとしての日常は甘くなかった。莫大な量のサービス残業に、上がらない給与。そんな状況に良くも悪くも慣れたタイミングで、久しぶりに衝撃を受ける出来事に出会った。ふなっしー氏の登場だ。

みうらじゅん氏が好きだった私は、ゆるキャラには一定程度の造詣があった。「ゆるキャラがブームが今後来るのではないか?」という思いもあったが、自分には関係のないことと考えていた。

しかし、ふなっしー氏は違った。勝手に参戦し、勝手に行動し、勝手に売れて勝手に成功してしまった。

私も、色々な市場に勝手に参戦してきたとは思う。勝手に行動もした。だが、一度も売れず一度も成功しなかった。

理由は色々あるだろう。私にはふなっしー氏程の行動力は無いし、収益化を上手く進める手腕も無い。道化になりきることも、無駄なプライドが邪魔してできない。

しかし、サラリーマンとして落ち着いてしまった今、一つだけわかることがある。私が目指していたのは、ふなっしー氏のような人生だった。誰かが用意してくれた道ではなく、自分で道を切り開いて成功したかったのだ。

私は、ふなっしーになりたかったのだ。